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わが日本経済再生のシナリオ

1997年(平成9年)「週刊文春」12月4日号に掲載。

わが日本経済再生のシナリオ

昨年一月の橋本政権発足以来、この九月までの一年八カ月、私は内閣官房長官として、橋本総理を支える立場にありました。官房長官在任中は日々の問題処理に追われ、ただただ国政への御奉公の一心で緊張の連続でした。が、第二次改造内閣成立とともに、私もその職務を離れ、一政治家という立場に戻り、今はより大局的な見地から、現在の日本の政治、経済を眺めております。
本来ならば職を辞して七十日、まだまだ充電の期間であると考えますが、今の日本の状況、殊に現在の深刻な経済状況を見るにつけ、どうしても今回は、国民の皆さんにお話ししなければならないと思い立ちました。
というのは、私自身も予想しなかった急激なテンポで日本経済の悪化が進展しているからです。
今ここで政府が何らかの施策を講じなければ、この日本はかつての昭和恐慌に類する未曾有の国家的危機を迎えるのではないか。私にはそう思えてなりません。
いま、地価が下落し、株価も乱高下を繰り返しています。同時に円安も加速している。
さらに、ゼネコンをはじめ、流通業界でも大型倒産が続出し、四月から六月にかけての実質GDP(国内総生産)の成長率も前期比、二・九%のマイナスという状況です。企業の倒産件数は一カ月に一千六百件を突破(十月)するすさまじい勢いなのです。自動車も、昨年同期よりも新車販売台数が一割も落ち込んでいる。残念ながら、景気回復を示す明るい材料は全くありません。
現在、橋本総理が進めておられる六大改革、特に行政改革、財政構造改革は、日本の将来を見通したとき避けて通れぬ課題です。中・長期の国家目標として正しいことは、国民の皆さんにも十分にわかっていただけると思います。
しかし、目下の経済危機を目の前にして、私は、この緊急な解決を要する事態を軽視することは、国家の将来をも危うくすると考えます。
率直なところ、いま政府がなすべきは、まずは景気の失速を是が非でも食い止めることなのです。そこでこれから、私なりにこの七十日のあいだにまとめた政策を、みなさんに聞いていただくことにします。

まずは「金融ルネサンス」を

まず、いまわれわれが置かれている状況を正確に踏まえておく必要があります。
いやおうなく、日本は「第三の開国期」、すなわち金融をはじめとする、あらゆる分野の国際化を余儀なくされています。これまでの日本型経営から、グローバル・スタンダードにこの国の規範を合わせていかねば、日本経済が立ち行かないところまで来ています。
しかし、都市銀行である北海道拓殖銀行の経営破たん、山一証券の自主廃業に象徴されるように、金融機関の不良債権問題の処理が片づかないうちに、金融の完全自由化(ビッグバン)に手をつけてしまった、そのため、銀行、証券会社が大打撃を受け、日本経済全体に大きな歪み(ゆがみ)が生じてしまっているのです。
私は、現在の経済危機の根本は金融システムにあると、考えています。いわば金融不況です。
なぜか。
それは、企業活動に血液を循環させている金融システムというものが、すでに麻痺しているからです。つまり日本経済の現状は、四肢が強くても、その四肢に血を送り出す心臓部分が不全状態に陥っているのです。
それゆえ、いまこそ金融機関の復興—-「金融ルネサンス」なくして、景気の真の回復はあり得ません。あのバブルの清算を、ここで一気に片づける真の勇気が必要なのです。
目下、日本の銀行が抱える公表不良債権は、主要二十行で十六兆円(今年三月期)といわれています。しかし現実には、この何倍もの不良債権を抱えているのは明らかです。私が官房長官時代、住宅金融専門会社(住専)問題の処理にあたった経験からしても、いま経営危機といわれる各金融機関が、もし今後破綻してしまえば、公表されている不良債権の何倍もの損失が明るみに出ることでしょう。
善し悪しはともかく「土地本位制」の日本では、経済企画庁の国民経済計算によると、バブル最盛期の九〇年には、日本全体の地価の総額は二千三百六十五兆円。それがわずか五年後の九五年には、一千七百六十七兆円にまで下がってしまいました。実に六百兆円もの資産が宙に消えてしまったのです。
当時は、銀行をはじめ金融機関が土地を担保に不動産業者に対して目一杯貸し込んでいたわけですから、少なく見積もって二割が不良化しているとしても、実際の不良債権額は実に百二十兆円以上に達していると想定されます。
しかも、地価の下落はいまもって激しいですから、バブル崩壊後の貸し出し(きちんと担保掛け目を守っている貸し出し)に関しても、不良債権が発生している。
とすれば、公表されている十六兆円という不良債権額では、とてもことが済まない。しかもそこへ、ビッグバンの一環として、来年四月から「早期是正措置」が発動されるのです。
この措置の導入によって、大蔵省は各金融機関の財務内容を開示させ、一定の基準に満たない場合は、業務改善命令あるいは業務停止命令を出せるようになる。端的にいえば、決算の数字が悪ければ、自動的に銀行はつぶされてしまうということです。この高いハードルをクリアするために、銀行は資産状況を改善しようと死に物狂いになっています。
そこに、新たに株式下落という要素が加わりました。株安によって、銀行の持つ株式含み益が減り、さらなる総資産(貸し出し)の圧縮を迫られているのです。まさにいまの銀行はこの「早期是正措置」と株安によってダブルパンチを食っている状態なのです。
中小企業への貸し渋りといった由々しき事態も、こうした銀行のなりふり構わぬ自己防衛のために発生しているわけです。銀行が生き残りのために、取引先を切り捨てた結果として、今回の急速な景気冷却が起きてしまっているのです。
もはや金融機関の衰弱は、極めて厳しい状況だと考えるべきです。
いますぐに、金融システムを立て直さなければなりません。それが「金融ルネサンス」なのです。
では具体的にどうすればいいのか。
まず、第一に取り組むべきは、金融機関の完全で徹底的な情報開示(ディスクロージャー)です。第二に、このデータを元に金融機関の経営状況を正確に把握し、個々の不良債権を確定、その処理を行う。同時に、経営責任の追及をとことんやる。場合によっては、銀行経営者の刑事責任を問い、経営判断のミスが明らかになれば私財没収といったところまで踏み込むべきでしょう。
アメリカでは、大恐慌の折りに、連邦議会に「ペコラ委員会」を臨時に設置し、大恐慌の原因究明を徹底して行いました。議会の委員会における徹底した議論の結果、いまのアメリカ金融機関の基本となるグラス・スティーガル法(銀行法)、証券法、SEC(証券取引委員会)などが作られたのです。この間、二千人にも及ぶ関係者が起訴され、そのうち一千数百人が有罪判決を受けています。
公的資金導入とは、これほどの血を流さねば許されないのであり、公的資金を注ぎ込む前に、誰がこの危機を招いたか、どこが政策決定を誤ったのか、を国民の前にさらけ出すことです。
アメリカでは大恐慌以来、「銀行は小さくあるべし」という原則を確立し、日本の金融機関とは異なった発展を遂げてきました。日本では、一般的に「大きな金融機関の方が信用できる」といった風潮がありますが、アメリカでは、たとえ規模が小さくとも、金融機関として自己資本に見合った総資産(預金=貸し出し)を持つことが健全性の証(あかし)であるという考え方が一般化しているのです。だからこそ、BIS(国際決済銀行)による自己資本の八%規制も尊重される。
大恐慌という歴史的な教訓から、アメリカでは金融機関の健全さを保つための施策がいろいろと施されてきたわけです。
それからすると、わが国の金融政策は、アメリカと比較してはるかに遅れをとっていると言わざるを得ません。その遅れを一気呵成(かせい)に取り戻そうとしているのが「日本版ビッグバン」構想なのです。
確かに、いま推し進めている金融完全自由化はわれわれが避けて通れない道ではあります。しかし、現在の日本の金融システムの不全を俯瞰(ふかん)すれば、この「ビッグバン」の導入時期についても、あらためて見直すべき必要があると私は思います。到達地点は同じであっても、進むペースは生きた経済を睨みながらでなければ、改革は改革でなくなり、昭和の「金解禁」時のような致命的結末をもたらさないとも限らないのです。
そもそも「ビッグバン」などという大改革は金融機関と政府、大蔵省が二人三脚で取り組むべきもののはずです。ところが現状はそうなってはいない。右両者の溝はかなり深く、意思疎通がうまくいっていません。まずはこの両者のコミニュケーションを正常化し、きちんと呼吸を合わせながら、ビッグバンに手をつけていくべきです。そのためには、金融機関と大蔵省との間に、常設の協議会を設置し、緊密な話し合いのできる場をつくるべきだと私は考えています。
もう一つ、預金保険機構の問題についても触れておかねばなりません。
先日の自民党総務会おいて、私は、「預金保険法改正」に異議を唱えました。もちろん預金者を完全に保護するのは当然です。金融システムが不安定な間は、国民が安心して預金できるような環境をつくらなければなりません。そのために、ペイオフ(二〇〇一年四月から施行。一千万円を上限とするよる預金の払い戻し)を延期してでも、預金の全額保護をつづけるべきです。
しかし、今回の小手先の預金保険法改正では、公的資金がなし崩し的に、経営の悪化している金融機関に対して導入されるようになってしまう。
しかも、預金保険の保険料率もアップするという。銀行が預金保険機構に支払う保険料も元をただせば、預金者のお金です。それを破たんしそうな銀行に入れるというのですから、簡単に料率を上げ下げするような性格のものではありません。国会で真剣な議論をし、金融機関を今後どう措置すべきか、大きな見取り図を作った上で「預金保険法改正」をするなら良いのですが、大蔵省が言っているからというだけで慌てて話を進めてはなりません。
今回の「預金保険法改正」は、このままでは預金者保護に名を借りた金融機関の救済としか国民の目には映らないでしょう。公的資金の導入は、国民にきちんと理解される明確なルールをまず作ることが必須条件なのです。
しかし、繰り返しになりますが、銀行の再生なくして、景気の回復はありません。銀行は傷(いた)んでいます。先ほど述べたように、多額の不良債権によって実質的な自己資本が激減してしまっている。さらに株価の暴落で、自己資本に組み入れていた株の含み益も底をついているのです。一部の金融機関では、すでに含み益がマイナスに転じるところもあるといいます。
こうなると実質的な処方箋は一つしかありません。
公的資金によって、金融機関の自己資本を補うほかに道はないのです。傷んだ金融機関に優先株(議決権のない株式)を発行させ、それを公的資金で買い上げるなどの手段によって、資金を直接、金融機関に注入するしかありません。
もちろん、むやみに公的資金を入れようというのではありません。私自身、橋本内閣の官房長官として、住専処理の際の六千八百五十億円の公的資金導入がいかなる非難を受けたか、肌身に染みて知っています。しかしながら、株、土地、債権の三つが急降下局面にあり、不況の打開策が見つからない以上、断腸の思いで、公的資金投入をいまこそ検討すべきではないでしょうか。
もちろん、経営責任を棚上げにしたり、手前勝手な不動産融資のツケを野放図に「国民の税金で賄(まかな)え」などと言っているのではありません。まず経営の責任はとらせる、当然、大蔵省といえども、その責任は免れるものではありません。
その上で、銀行の自己資本を立て直し「金融ルネサンス」を軌道にのせていく。こも時期にこそ、そうした金融政策に真剣に取り組まなければ、まさに、大恐慌の再現を目の当たりにする羽目になりかねない、と私は危惧しています。
日本の金融機関の問題は、国内だけの問題ではありません。ユーロ市場における国際的な銀行間の取引残高七兆九千億ドル(約九百八十兆円)のうち、わが国主要銀行の取引残高は、実にその二割、一兆六千億ドル(約二百兆円)にものぼるのです(九七年三月)。ですから万が一、日本の金融機関(マネーセンターバンク)が破綻した場合、その影響は瞬時に世界に飛び火する。
先日の、香港大暴落に端を発した「世界同時株安」は記憶に新しいところです。だからこそ、日本発の金融クライシスは絶対に起こしてはならないんです。もし日本発でそんな事態になれば、世界経済の混乱はただごとで済むはずもありません。
まずは来年度を「金融ルネサンス」元年として、新たな金融政策、金融システム改革をスタートすべきだと私は考えます。

経済構造改革を断行せよ

経済対策としては、第一に金融を挙げましたが、それのみならず多角的な施策の実施が不可欠です。
私自身も関わった「財政構造改革」の目標は、長期的なレンジで達成すべきものでしょう。小さな政府の実現を目指し、国の資金のタレ流しに歯止めをかける。これは当然やらなければならない重要課題です。国と地方の長期債務残高は実に四百七十六兆円(平成九年度末見込み)。日本のGNPのほぼ一年分の借金があるわけです。
しかし、経済は生き物ですから、単年度でスケジュールを決めて、何がなんでもやるべきもの、達成すべきものだと考える必要はありません。
財政が景気、あるいは日本経済の活力維持に大きな役割を果たしていることは事実ですし、いまのように、景気が失速しかけている時には弾力的に対応すべきではないでしょうか。「国が滅んで、財政あり」ではお話しにもなりません。
そもそも財政再建のためには、ある程度の経済成長が不可欠なのです。財政構造改革の目標(国と地方の単年度の財政赤字を対GDP比三%以内に抑制する)を達成するには一定の成長が必要です。例えば、名目GDP成長率が三・五%から一・.七五%に落ちただけで、税収の低下によって、歳出を十兆円以上も削減しなければならなくなります。つまり経済成長の極端な鈍化は、それだけで財政構造改革を阻害してしまうのです。
したがって、「財政構造改革」と「経済構造改革」はまさに車の両輪の関係にあり、この関係をうまくバランスをとりながら舵取りしていかねば、どちらも失敗に終わってしまうのです。
この様な状況を踏まえて、自由民主党は、十月二十一日、規制緩和、土地流動化、住宅政策、中小企業対策、税制改革、の四つの柱からなる「緊急国民経済対策」を決定しています。つづく十一月十四日には、民活と財政投融資の活用を中心とする第二弾を決め、さらに十二月中旬には、法人税率の引き下げなど税制を中心とする第三弾を予定しています。
政府でも、十一月十八日に、規制緩和など経済構造改革の前倒しを進める経済対策を取りまとめています。こうした対策が、いままでの景気対策と異なるのは、財政再建との関連から、公共事業の増額などの財政出動がない点です。
残念ながら、こうした景気対策に対する世論の評価はあまり芳しくありません。
「景気の腰折れを招かないためには、財政出動すべきだ。財政構造改革のテンポを遅らせるべきである」といった意見も出はじめています。
もう一つこれらの対策で見落とされていることは、日本経済の活力低下という構造的な問題に、なんら処方箋が示されていないことです。
繰り返しますが、財政を再建するためには、まず経済活力の維持拡大が不可欠なのです。
そのためには何をなすべきか。ここで、私は大きく分けて四つの政策を提案したいと思います。

1、金融ビッグバンに対する中小企業対策

前述したように、金融ビッグバンは避けて通れません。金融サービスに、外資系企業を参入させ、国内金融機関同士の競争も進展させなければなりません。
しかし、その反動で困った副作用が出ています。とくに中小企業に対する金融機関の貸し渋りによって、倒産に追い込まれるケースが続出しています。バブル期とは様変わりで、「晴れた日には傘を貸し、雨が降れば取り上げる」という銀行批判を絵に書いたような身勝手な対応が目立っています。
ただ、現実にはたしかにビッグバンによって、特定の産業分野には多大なしわよせがくることは事実です。酒屋、米屋、ガソリンスタンドなどは、激しい競争の波に襲われ、数多くの零細企業が淘汰(とうた)されています。
このような企業には、思い切った支援策を講じるべきでしょう。日本経済全体のことを考えれば、規制緩和を中心とする経済構造改革は強力に進めなければなりません。しかし、中には自己努力ではどうにもならない、いわば不可抗力で廃業に追い込まれてしまう企業も出てきます。こうしたしわ寄せを受ける分野に配慮をしつつ、構造改革をすすめていくべきでしょう。
日本の企業の九九パーセントは中小企業です。金融ビッグバンが進行する過程で生まれる副作用を鎮める上でも、政府系金融機関が、中小企業向けの貸し出し枠を増やし、積極的に支援することは、改革を進めるために絶対に必要なことです。民間金融機関の融資能力が落ちている以上、その分を政府系金融機関が補完しなければなりません。中小企業であっても優良な会社に対しては大いに資金を供給すべきです。
現在、小企業向けの政府系金融機関{中小企業金融公庫、国民金融公庫、環境衛生金融公庫、商工組合中央金庫)の年間の貸し出し実績は、約六兆三千三百億円。この貸し出し額を倍増するといった思い切った措置が必要です。

2、法人課税を軽減せよ

日本の企業利益に対する課税(法人税、法人住民税、法人事業税)は尋常でなく重い。三税を合計した税率(実行税率)は四九・九八パーセント、実に儲けの半分を国に持っていかれてしまうわけです。これでは、企業経営者も従業員もヤル気を失うのは当然でしょう。
欧米の主要国と比べると、例えばアメリカは四一パーセント、イギリスが三一パーセント、フランスは三三パーセントと、日本は一〇パーセント以上も高い税率なのです。
利益の半分もとられるのであれば、新たな投資をする気も起こらないし、海外投資が魅力的に映るのも当然です。結果、産業の空洞化が進み、逆に、海外からの外国企業の投資もはかばかしく進みません。
いまこそ、思い切った法人減税を行うべきです。三年から五年で、欧米との格差を解消するぐらいの方針を打ち出すべきです。国際標準並みの、せめて四〇パーセントくらいにまで法人税率を下げてしかるべきでしょう。
「財政再建」といった暗い、後ろ向きの政府目標ばかりではなく、こうした明るい展望を打ち出すことこそ、現在、何よりも重要なのではないでしょうか。
法人減税を実施して苦しいのは初めの年だけです。たしかに初年度は税収が減りますが、二年目からは、経済活性化による増収分が減税分を上回り、初年度からの累積収支でも、五年で元がとれるという試算もあります。単年度の税制中立などにこだわる必要はありません。
法人減税は、景気対策にも経済構造改革も効果は甚大で、なおかつ中期的にみても、財政再建には背反しない政策だと考えます。

3、公共事業に民間資本を投入する

最近の経済政策は新しい手法としてPFI(Private Finance Initiative)が提唱されています。まだアイデア段階であり、関係省庁で研究が始まったばかりです。このPFIを大々的に公共事業に取り入れたらどうかと、私は考えています。もともとは、九一年に、イギリスのメージャー前首相が導入したもので、ひと言でいえば、民間資金による公共事業の実施のことです。たとえば、有料の橋、道路、ゴミ発電、廃棄物処理施設、工場跡地開発、上下水道などについて、競争入札を行い、競り落とした民間企業が、資金調達から設計、建設、運営までのすべてを行う公共的な事業です。
落札した企業は、利用料金の収入の中から、そのコストを回収します。資金回収が終われば、その施設を政府に譲渡してもいい(BOT方式に)。料金収入をみこめるプロジェクトがこの手法にもっとも適していますが、そうでない場合、建設した施設を政府にリースし、毎年のリース料で、企業は回収を図るという方式もあります。イギリスでは、病院、官庁の建物などに応用されています。
回収が見込まれる施設ならば、政府の負担がゼロ、そうでなくても、毎年のリース料の負担のみでできる。イギリスでは、中央政府の公共事業のじつに三分の一が、このPFI方式で実施されています。
実際、日本でも、大正十一年に、キッコーマンが野田市において水道を建設し、周辺住民に給水を行っていた例があるし、(昭和五十一年売却)、昭和五十四年に、和歌山県で熊野交通が那智山スカイラインを、平成六年には、大分県で岩崎産業が久住高原ロードパークを建設した例があります。
さらに一歩踏み込んで、真に必要なもの以外の公共事業は思い切って民間企業にまかせてしまってもいいのではないでしょうか。高速道路のインターチェンジ、ゴミ発電施設などは、民間でも十分に対応できる分野だと思います。政府も地方自治体も、真剣に検討してみてはいかがでしょうか。

4、「改革・発展国債」の発行

これまで触れてきた金融システム改革を、さらに三つの経済政策を実施するには、財源が必要です。
財源がなければ、結局、赤字国債に頼ることになります。それでは、財政構造改革が頓挫(とんざ)し、次の世代に背負えぬほどの大きな負担をかけることになってしまいます。
そこで提案したいのが、新しい国債です。
なんだ、やはり借金ではないかと批判されるのは承知していますが、従来の国債と決定的に違うのは、償還のあてがあることです。
じつは、政府は隠された資産を持っています。それは、民営化されたNTTと日本たばこの株式です。売却が予定されていたものの、東京マーケットの状況から売却を見送っている政府の株です。国際整理基金特別会計に保有されているのは、NTT 五百十万株、日本たばこ三十三万株です。いまの証券市場の現状では、当面売却は無理でしょうが、仮に今の株価で売却できたとすると、じつに五兆円を上回る資産なのです。
このままではまさに宝の持ち腐れです。
さらに、電源開発株式会社の五年以内の民営化も決まっており、アルコール専売事業の民営化も検討されています。日本開発銀行や住宅・都市整備公団なども廃止され、新法人が株式会社形態になれば、政府が持つ株式の一部を民間に放出することが可能になるかもしれません。他の特殊法人についても、順次、民営化させていけば、こうした株式も公開できるようになるはずです。
金融ビッグバンが完了し、証券市場が整備された暁には、こうした政府保有の株式が思わぬ高値で売却できるかもしれません。こうした行革、あるいは民営化の配当が実現するまでには、おおむね十年はかかるでしょう。
とすれば、十年間を目処(めど)に、この株式を担保にするかたちで、国債を発行することを検討してみてはどうでしょうか。
これを「改革・発展国債」として流通させることができれば、当面の改革に関する財源を確保できるし、財政再建にも影響を与えないで済むと私は考えています。当面十兆円程度を発行し、経済構造改革を推進する財源として活用できるはずです。

「産業技術立国」への道

これまで述べてきた「金融ルネサンス」と、「経済構造改革」を推進することは、いわば、障害をとりのぞき、がんじがらめの制約を克服することです。
ただし、こうした改革に成功したとしても、さらに、これからわが国が何によって、経済発展を続けていくのか、新たな戦略が必要です。
私は、やはり「産業技術」だと考えています。
ちょっと横道に逸(そ)れますが、先日、山梨県にあるファナックの本社工場を見学したときのことです。ファナックは、富士通の技術者だっただった稲葉清右衛門さんが、ロボットだけの先端技術で一代で起こした会社です。いまでは富士通グループから独立し、世界的な企業にまで急成長しています。実際に行ってみて仰天したのは、「ロボットがロボットをつくっている」生産ラインの光景でした。
稲葉さんの経営哲学は単純明快で、「常に世界最新、最高の産業技術を開発する」というものです。この企業からスピリッツこそが、日本経済を五十年間支え続けてきた神髄ではないでしょうか。稲葉さんの話を伺っていて、まだまだ「日本経済は健在なり」の思いを強くしました。
しかし、問題なのは、いまや、終戦直後から、わが国経済を支えてきた繊維、造船、鉄鋼、自動車は、半導体、パソコンといった、これまでの主力商品が世界でその勢いを失ってきていることです。
では、これからの十年、日本は何で食べていくのか。今こそ、こうした先端技術開発に、人もモノも金も投入して、次世代の食い扶持(ぶち)(主力産業)を育成すべき時です。開拓者精神を振るい起こす絶好の機会でもあるのです。
とくに蓄積のないベンチャー企業にとっては、現在の法人税率はあまりにも重い負担であり、日本で、新規事業が育たない要因にもなっています。
法人税減税によって、創業者利益を与え、新商品を作り出す人材と、ベンチャー企業を大胆に育成していかなければならないのです。私はこの際、優良ベンチャー企業には五年間の課税免除を行うくらいの優遇措置を取るべきだと考えます。
私は、日本が二十一世紀を迎えるときにも、世界に冠たる経済大国でありたいと願っています。政治大国、文化大国を目指すことも大切ですが、そのためにも日本の経済力の維持は重要なのです。
その勤勉さと努力によって、戦後飛躍的な発展を遂げた経済力があればこそ、日本は、アジアで唯一のサミットメンバー国として世界の政治に参画しています。そしてこの経済力によって発展途上国への最大援助国でありつづけ、アジア諸国の驚異的な経済発展を支援することもできたのです。
ところが、ここ数年、その自信が揺(ゆ)らいできています。ニューエコノミーで自信満々のアメリカと対照的な不振にわが国は喘(あえ)いでいます。
スイスのある調査機関のデータ(「世界競争力年報一九九七年」)によれば、日本の国際競争力は、世界第九位。トップのアメリカはもちろん、いまや産業国家と評価されている第二位のシンガポール、第三位の香港にも大きく水をあけられている状況です。しかも、日本の競争力はなお低下し続けているというショッキングな報告が出ています。
銀行、証券などの日本の金融機関が、護送船団方式の保護下で育ってきたため、国際競争力がないことは明らかです。そして、前述したように、日本経済を支えた自動車、家電、半導体産業にも陰りが見えてきている。
技能オリンピックで、日本の技術者が金メダルを独占していたのは、すでに昔話になってしまっているのです。
官民挙げてベンチャー企業の育成に取り組んでいますが、いまだに松下、ソニー、本田技研がベンチャーの成功例として数えられているような状況て、新顔が出てこない。
古い統計で恐縮ですが、九二年から九四年までの三年間で、日米の新規開業企業の数を比較すると、アメリカの二百三十二万件に対して、日本はわずかに二十九万件しかありません。開業率でみると、日本は四・六パーセントと、高度経済成長時の六パーセント台よりも一段と低下している。アメリカの開業率が一五・八パーセントであることからすると、日米の経済力格差は歴然です。
前述したファナックのような世界に通用する最先端技術を次々と起こしていくことこそ、日本の生きていく道筋ではないでしょうか。
そのためには、政府も企業も、人とモノと資金を、高度産業技術の開発に集中的に投入しなければなりません。さらにそれをを可能にする制度も整備しなければなりません。独創的な人材を輩出し、活用し、その人が正当に報(むく)われるような社会に変えていく必要があります。
たとえば、特許制度なども整備し、開発者に対して、経済的にも十分な報酬が受けられるように社会の仕組みを変えていく。特許については免税措置を行ってもいいくらいです。そして何よりも、科学技術振興に関して、もっと大胆な予算をつけていかねば、国は成り立ちません。
「産業技術立国」こそ、二十一世紀の日本がとるべき唯一の選択であると、私は信じます。

官僚諸君へのメッセージと沖縄問題

以上、いま私が考えている経済政策について述べてきました。これに関連して最後に、とくに申し上げたいことを二つだけ付け加えておくことにします。
一つは、日本の中枢を握ってきた官僚についてです。彼らが現在著しい自信喪失状態に陥っています。しかも行革論議のさなかにあって、自省の権益保護に全力を費やしております。これまで日本をリードしてきたという自負のある官僚諸君であるならば、行革に対しても自ら身を切るような対応をしてほしい。間違っても、権益保護のために喫緊(きっきん)の問題である景気対策などをおろそかにしたといった批判をされないでもらいたい。
次の時代を見通せる官僚であるならば、今日の日本をどうするか、二十一世紀の日本をどうするかについて、矢継ぎ早やにアイデアを出してほしい。私は、いまこそ世間の信用を失った官僚諸君の奮起を、切に願っています。
そして最後は、私が官房長官時代からかかわってきた沖縄に関してです。復帰後二十五年を経た今日においても、この国は沖縄に安保面で七五パーセントの米軍基地をゆだねてきたのです。悲惨な沖縄戦以来、われわれは戦争は痛みを沖縄県民に一身に背負わせてきと言っても過言ではありません。その長い歴史に思いを致し、国民一人一人が沖縄に報いなければならないのです。まさに「各社一善」「各人一助」の精神を今こそ形にしなければならないのです。
経済政策の点から見ると、海洋国家日本の南西にあって、躍動するアジア太平洋地域に最も近く位置する沖縄の役割は、もっと注目されるべきなのです。国際化に向けてのゲートウエイとして、日本経済にとって重要な拠点になり得るはずです。たとえば目下議論されているフリーゾーンの設定などにより、国際的な交流の先駆的な役割を担うことも期待できます。この具体化のため、沖縄県民が望むのであれば、経済上の一国二制度的なものの導入も、国として率先して推進していくべきでしょう。
とにかくこの国は、戦後経験したことのない経済危機を迎えているのです。私が皆さんにまず認識してもらいたいのは、この危機が従来の「景気循環」とはまったく性格を異にしているということです。そう認識した上で、われわれ政治家をはじめ、行政機関も官僚も、あるいは国民の皆さんも厳しい負担を覚悟せねば、この難局は乗り切れません。
互いに責任を押し付け合わず、共に血を流し合ってこそ、自ずと道は開ける、のです。

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