自民党 衆議院議員 梶山ひろし

日本興国論

(一九九八年 平成十年「文芸春秋」六月号に掲載)

昨年来、私はさまざまな機会を捉えて、わが国の金融システム不安に早急に対処しなくてはならないと発言してきました。というのも、現在の経済危機の根本的な問題は金融システムにこそあり、現在の不況はいわば「金融不況」であると考えているからです。後で詳しく述べますが、わが国の金融システム不安は、一見小康状態を保っているように見えるとはいえ、決して払拭されたわけではありません。 確かに昨年末、政府は預金者保護、金融不安解消、貸し渋り対策等を目的として掲げたいわゆる「三十兆円構想」を打ち出し、金融機能安定化緊急措置法として成立させました。これにより、金融機関への公的資金導入がなされたわけですが、残念ながら際立った効果はもたらされていません。貸し渋り--つまるところ金融機関による「債権回収」--はこれからが本番であるばかりか、金融システム不安の根本的な問題である「不良債権問題」はまったく手つかずのままです。年度末に若干の、可能なかぎりの対策はとられていますが、真の問題が解決していない以上、依然として金融クライシス、またそれに端を発して、昭和恐慌に匹敵するような未曾有の国家的危機がわが国を襲う可能性は去っていないのです。 では、どうすればよいのか、いま何をすべきなのか。ここであらためて、私のプランを皆さんに聞いていただきたいと思います。

政治に危機感があまりにも希薄だった

現在の経済危機を招いた原因を考えるとき、わが国の政治に危機感があまりにも希薄であったこと、また現在も希薄であることを痛感してまいす。私は一昨年の橋本龍太郎政権発足以来、内閣官房長官として政権の中枢で一年八カ月を過ごしましたが、まずこの間の状況を、私自身の懺悔も含めて、振り返ってみたいと思います。 世界が今日のような大競争時代に突入したのは、旧ソ連の崩壊がきっかけでした。当時、私自身も含めて日本の政治家は、冷戦後の世界がまさに生き残りを賭けるような弱肉強食の時代になろうとは、想像すらできなかったのです。旧ソ連の崩壊を目の当たりにしながら、どちらかと言えば私たちは、これで米ソ対立がなくなってよかった、めでたしめでたしという気持ちばかりでした。モスクワはあまりにも遠く、私たちには旧ソ連の崩壊が意味するところをストレートに感知する能力が欠けていたと言わざるを得ません。 当時、わが国の大きな政治的なテーマとして掲げられたのは政治改革でした。私自身、旧ソ連崩壊後、世界は大きく流動化するようになるだろう、日本は国際的な情報を迅速に収集し、的確に対応する政治をつくらなければならない、それが政治改革であるという捉え方をしていました。結果的にそうした理念は忘れられ、政治改革は小選挙区制度導入に向けての選挙制度改正へと矮小化されてしまった。これは今考えても、やはり政治的に大きな失敗でした。 その時には、政治改革が本来の理念を失っていく様を見ながらも、一方で、私たちは日本の将来について安穏とした思いを抱いていたのです。明治維新から先の戦争を経て、よくぞわが国はここまで来た、よかったよかったと思ってばかりいたのです。 いま深い悔悟の念を込めていえば、あの当時こそ私たちは、冷戦の終わりとはわが国にとっては明治維新、昭和二十年の敗戦に次ぐ「第三の開国」を意味することに他ならないと気づき、様々な問題に早急な策を講ずるべきでした。 私は本紙九五年七月号に発表した論文『梶山ビジョン』で、「第三の開国」の必要性を説き、発想を大胆に転換し、自ら進んであらゆる分野の国際化を進めなければ、日本の衰退は明らかであると言いました。もちろん今となっては、この時の私の提言も、遅きに失していたことは否めません。今なお日本型経済成長の夢を忘れられないのか、責任の所在を明らかにしたくないのか、旧来のシステムを守ることに汲々としている人々が少なからずいることには、驚きを通り越して呆れてしまうばかりです。 かつてわが国は、戦争をやってまで資源や石油を求め、販路を求めました。しかしその戦争で負け、そのことで皮肉にもアメリカの自由経済の恩恵を受け、物を調達し、売ることが出来るようになりました。当時の先進国は戦争で疲弊しており、かつ賃金が高く社会保障制度も普及して競争力が落ちていた。そこに明治以来様々な社会システムを作り上げ、教育の蓄積があり、労働者の賃金も低い日本が、資源の供給と物資の販路を併せ持って登場したのです。ですから、当時の日本が欧米先進諸国に追いつくのは、奇跡ではなく必然であったのです。 したがって、冷戦の終了とともに自由主義経済において経済発展を目指し始めた様々な国々の中から、たとえ今はまだ脆弱であっても、かつての日本のように先進国に追いつく国が出てくることもまた必然なのです。特に、日本のように現状に満足し、安穏としていた国が、やがて追いつき追い越されてしまうことは、当たり前のことだといえます。 冷戦後、大競争に突入した時代に、日本は何をしていたでしょうか。本業が次第に駄目になっていく有り様を横目で見ながら、バブルに躍り狂っていたのです。製造業者までが借金をして不動産、株式等の財テクに狂奔し、そこで収益が上がればよしとしていた時代です。銀行など金融機関はろくな稟議もせず、地価の上昇を見込んで担保価値以上の金額を不動産業者に対して貸し込んでいた。そのツケが、現在のわれわれに大きくのしかかっています。この反省なくしては、新たな政策も、わが国の未来も思い描くことは出来ないということを肝に銘ずる必要があります。 狂乱のバブルが弾けた結果、何が起こったのでしょうか。経済企画庁の国民経済計算によれば、バブル経済が最盛期にあった九〇年の時点で、日本全体の地価の総額は二千三百六十五兆円。それが、わずか五年後の九五年には一千七百六十七兆円にまで下がってしまいました。現在では一千兆円程度ではないかという指摘もあります。土地だけで、実に一千兆円もの資産が消えてしまったのです。このうち、すくなく見積もって一割が不良化しているとして、不良債権は実に百兆円以上に達していることが容易に想像できます。 今年一月、大蔵省は日本の銀行百四十六行が抱える不良債権額は約七十六兆円であると公表しました。これは「個別に適切なリスク管理を必要とする」貸出も含め、広い意味で回収に懸念のある債権の総額ということですが、仮にこの半分が損失、すなわち回収の目処の立たない債権であるとすると、四十兆円近い損失(焦げ付き)を日本の銀行は抱えていることになります。百四十六行の自己資本の総計が約三十一兆円であることを考えると、この不良債権の持つ破壊力はあまりにも大きい。私が不良債権問題の解決なくして金融システム安定はないと言う理由がお分かりいただけると思います。 こうした事態と並行して、四月から日本版ビッグバン構想(金融の完全自由化)の一環として「早期是正措置」が発動される予定でした。これにより、大蔵省が各金融機関に財務内容を開示させ、一定の基準に満たない場合は業務改善命令あるいは業務停止命令を出せる。つまり、決算の数字が悪ければ自動的に銀行は潰されてしまうということです。 ビッグバンを迎えるにあたって避けては通れない道とはいえ、時期が悪すぎました。銀行が生き残りをかけて、資産状況を改善するために死に物狂いになり、一方で株価下落による含み益の喪失が、さらなる資産(貸出)圧縮を迫る結果となりました。中小・中堅企業に対する貸し渋りとは、銀行が自らの生き残りのために取引先を切り捨てている、ということです。この銀行による急速な資産圧縮が、わが国の企業の活動に必要な資金の供給を滞らせ、その結果、今回の急速な景気冷却が起きてしまったのです。

金融システム不安こそ根本的な問題

貸し渋りによる景気冷却という事態を重く見た政府・大蔵省は、先に挙げた金融機能安定化策において、早期是正措置の緩和を実施しました。業務改善命令の発動を一年間猶予したり、決算において保有株式を時価ではなく簿価(取得価格)で記載できるとしました(原価法)。しかし、依然として金融機関の経営を圧迫している肝心要の不良債権問題には抜本的措置が取られていないのですから、ただ問題を先送りしたに過ぎないことは言うまでもありません。 私自身が、こうした事態が進行しつつあると気がついたのは、官房長官の職にあった昨年の初夏の頃であったと思います。今から思えば、すでに銀行などは貸し渋りに狂奔していたわけですが、その動きにつられて政府系の金融機関までが貸し渋りし始めた。その頃、地元の商工会関係の人などが来て、困っているという話を聞いて初めて事態の深刻さに気づかされたのです。国会にいて、あるいは各省庁を束ねる内閣官房にあっても、まったくそのような事態を耳にしていなかったことに、我ながら驚きました。 ひとつには、株価や為替相場に見られるように、これまでの行政手法では対応できないほどに民間マネーが巨大化しており、バブル崩壊後に数次にわたって行われた経済対策が効果を持ちえなかったことに、政治家も行政も気づかなかったのです。また、一方では、私たちは現実を直視することを恐れてもいました。というのも、村山富市政権を半年にわたって大きく揺さぶった住宅金融専門会社(住専)問題の経験があったからです。 バブルのツケを何としても処理していくという気概が政治になかったわけではありません。しかし、住専問題において六千八百五十億円--今から見れば僅かな額に感じられますが--の公的資金を導入するにあたって国民から受けた大きな拒絶反応が、不良債権問題に対する恐怖心をわれわれ政治家や行政に植えつけてしまった。 そして当時の大蔵省が「銀行は健全であり、心配ありません。残る問題は信組だけです」という説明に終始したこともあり、誰も本当の中身を調べてみようとはせず、目を覆ってなるべく金融界を見ないようにしてきたのです。金融は住專を処理すればもう心配ないという大蔵省の説明を鵜呑みにした私たち政治家が、責任を逃れる術はありませんが、その結果、橋本政権で官房長官に就任した私は、財政再建(財政構造改革)に優先的に取り組むことを決断したのです。 言うまでもなく、日本は世界最大の財政赤字を抱えています。高度経済成長以降、多額の借金を重ねて公共事業を起こしながら、今日まで私たちはやってきました。個人預金が一千二百兆円もありながら、財政ではいまや借金の累積が五、六百兆円。GNPのそっくり一年分に匹敵しており、GNPの六〇パーセント程度に収まっている他の先進国と比較すると非常に悪い状態にあります。これでは将来、例えば大震災や紛争があったときなど、緊急に財政を出動させる余裕がなくなってしまう。これを改善しておかなければ、今日、平穏に暮らしている私たちは将来に対する責任を果たせない。そんな思いがありましたし、財政再建を成し遂げたいという気持ちに今でも変わりはありません。 しかし、金融システム不安を根本的な問題として、景気が急速に冷えていく様を見たときに、緊急財政再建のためにあらゆるものが犠牲になってはいけないと思いました。少なくとも、実質成長率で二パーセントが見込めなければ、税収が上がるはずはありません。税収増を見込んでの財政再建ですから、現在の成長率ゼロ・パーセント、あるいはマイナス成長という状況下では、緊急避難的に路線を変更しなければ、すべてが画に描いた餅になり、元も子もなくなってしまうのです。

公的資金導入には前提条件がある

私自身はわが国の金融危機について、本紙九六年二月号でこう指摘したことがあります。 「住専の問題は、氷山の一角にすぎず、国内の金融機関が抱える不良債権の総額は四十兆円に達するともいわれている。(中略)最早、一刻の猶予もならない。不良債権のどこまでを潔く処理しなければならないか、という防衛線を早急に敷き、日本経済の胴体を守らなければ、経済破綻は目にみえている」 このように指摘した直後に、私は思いがけず内閣官房長官として官邸に招かれ、以後政権の中枢にいて、日々解決しなければならない山積みの問題に追われ、財政改革でも沖縄基地問題でも必死になってやってきたのです。しかし一方で、金融機関の不良債権問題がこれほど重大であり、わが国の金融システムにこれほど大きな穴が開いていたことの緊急性には気づかなかったのです。私自身、内閣官房長官の職にいながら分からないのですから、おそらく橋本総理自身にもそれほど深い認識はなかったことでしょう。もし知っていたならば、財政構造改革もより長期的な視点をもって進めていたのではないかと思います。 しかし、わが国の金融システムが深く傷んでいると気づいてからも、住専問題の経緯を知り、また財革路線を進めてきた私にとって、金融機関に公的資金を導入すべきと提言することには大きな躊躇(ためらい)がありました。逡巡の末の昨年十一月、清水の舞台から飛び下りるような思いで書き上げた『十兆円の国債発行構想』を総理に手渡し、「君子は豹変すべきです」と申し上げたのです。 この構想は『週刊文春』(九七年十二月四日号)に「わが日本経済再生のシナリオ」として発表しましたが、償還の当てがある十兆円の新型国債を発行し、それを財源として、政府の責任において金融の健全化を図ろうというものです。その後、私の構想とは似て非なる「三十兆円構想」となり、金融機関に対する公的資金導入が実施されました。しかし、私は公的資金を金融機関に導入することは同じであっても、実施された金融機能安定化策には重大な疑念をもっています。 「十兆円国債構想」について、総理が党に検討を指示され、私が緊急金融システム安定化対策本部(本部長・宮澤喜一元首相=通称・宮澤委員会)に出向いて説明したのは昨年十二月十一日、その時に申し上げたことは、次のようなことでした。 「日本経済再生のシナリオ」には、金融問題以外にも中長期的な産業政策その他を若干記載してあるが、「一丁目一番地」として最も早急に決断し実施しなければならないのは、預金者等保護・金融システム安定化のために新型国債を発行し、国内外の不安を解消することである。政府は直ちに内外に向かって宣言し、実行すべきである。これまで様々に採られてきた金融不安に対する施策は、内向きであり小出しにして積み上げていくものだった。また金融機関に対して不良債権が本当はどの程度の規模なのかといったディスクロージャー(情報開示)を求めたり、責任を明確にすることはなかった。しかし、今度はそうはいかない。公的資金の導入は不可避だが、国際化・ビッグバンの時代にあっては外向きの対応が求められる。破綻銀行の経営責任、大蔵省その他行政の監督責任が問われない形で公的資金導入の道を開くのは許されない。 --私は、公的資金を導入するには、「条件がある」と言ったのです。ここでその条件を列挙しますと、 (一)積極的なディスクロージャー (二)経営責任・行政責任を明確にすること (三)預金者等の保護が目的であり、原則として銀行・金融機関の救済はしない (四)政・官・民による(金融システム維持に関する)審議会を設け、それぞれのケースに従い基準策定を早急に行う 付け加えますと、(一)(二)についてはパニックを引き起こさないよう配慮することは当然です。(三)において「原則として」としたのは、金融システムの健全化に必要だが、結果的に金融機関の救済となってしまう場合もあるためです。初めから金融機関の救済が目的になってはならない。(四)については、これまでの大蔵省の判断があまりにも間違ってきたのは明らかですから、政治家や民間人も入って公的資金導入の基準を早急に作る、というものです。

こうしたことを私は当時申し上げて、その後の経緯を見てきたわけです。いま振り返って言えることは、この提言については政界よりも一般の国民の理解のほうがはるかに早かったように思います。住専処理のための六千八百五十億円投入であれだけ荒れ狂った世論の嵐が、十兆円といっても誰も驚きはしませんでした。当たり前だという空気の方が強く、やがて政治も行政も恐る恐る、ならば上乗せしようということになったという気がします。

三十兆円は金融ルネサンスのために

その結果、政府・与党は昨年末、公的資金の投入枠を三十兆円とした金融システム安定化策をまとめました。それは、預金保険機構に十兆円の国債を交付、さらに二十兆円の政府保証つき融資枠を設ける。計三十兆円の資金枠のうち、破綻した金融機関の処理に十七兆円、破綻していない金融機関の自己資本増強用として十三兆円を支出できるようにする、というものです。これら公的資金の導入にあたっては、預金保険機構内に金融危機管理審査委員会を設置し、そこで公的資金を導入したいと考える金融機関の「申請」を受け付け、審査した上で決定するという。具体的には金融機関が発行する優先株や劣後債を預金保険機構が買い取る形で資本注入が行われることとなりました。 その後、二月二十三日に金融危機管理審査委員会の初会合が開かれ、二十六日夜に審査基準の決定をみたという経過になりますが、私は二十三日に宮澤委員会に呼ばれ、概要の説明を受けました。その時にも懸念を申し上げたのですが、この方法では、公的資金を導入しても何ら具体的な効果は挙げられないだろうと考えました。 というのも、金融機関の側から申請を出させて審査するという形では、各金融機関の自主的な判断に基づき、自主的な申告に基づいて、審査せざるを得ないからです。それは民間の金融機関を相手にするときには一面では大切なことではありますが、当然ながらディスクロージャーは徹底されず、従って経営責任も明確にはなりません。結果的に、都市銀行は東京三菱銀行をはじめ横並びに同額の申請となり、あらたな「護送船団」方式と内外から批判を浴びることになったことは周知の通りです。 この「三十兆円構想」という金融安定化策は宝の持ち腐れであって、金融安定化の目的を十分に達しえないばかりか、運営の仕方を誤れば、むしろ最悪の銀行救済にしかならないのではないでしょうか。なぜなら、優先株などを預金保険機構が買い上げ、銀行の自己資本に資金を注入し、それで資産内容が改善されれば貸し渋りにも歯止めがかけられるというこの安定化策には、次のような問題点があるからです。 まず、モラル・ハザード(倫理の欠如)が決定的となる恐れがあります。経営者が経営責任を問われない形でなし崩しに公的資金が導入されることは、金融機関のモラルを著しく喪失させるばかりか、広く国民一般からの支持は得られない。 さらに肝心の不良債権問題が手つかずである以上、公的資金を注入して金融機関の自己資本を増強し、見かけ上アメリカの銀行並みの自己資本比率(負債も含めた総資本に占める自己資本の割合。比率が高いほど支払い能力が高く、安全と見なされる)に整えたところで、何ら銀行経営の根本的問題は解決されたとは言えません。むしろ不良債権処理を先送りにすることに他ならず、預金者の銀行不信は一層深まるばかりでしょう。 実際、こうした緊急措置法の成立後も、格付け機関による邦銀に対する格付けには変化がないどころか、大手銀行でさえも軒並み、格下げされています。そのうえ、四月十五日に日銀が発表した三月の貸出・資金吸収動向によれば、金融機関五業態(都市銀行・長期信用銀行・信託銀行・地方銀行・第二地方銀行)の貸出残高は前年同月比一・六パーセントの減少となっており、減少幅は九一年七月に日銀がこの調査を始めて以来、最大であるといいます。今年三月の貸出残高の合計五百二十六兆八千六百億円から計算すると、一・六パーセントは約八兆五千億円に相当します。銀行はこの一年間でこれだけの金額を取引先から回収したことになります。政府がこの間打ち出してきた対策は、貸し渋りの解消には何の効果もない彌縫策に過ぎなかったことがわかります。 しかも一・六パーセントの貸出減少が意味するのは、あくまで銀行が回収できた分であり、完全に焦げ付いた不良債権は、まだ貸方勘定に何十兆円と残っているのです。貸し渋りを後押しするこの金融デフレ(収縮)の圧力には、凄まじいものがあります。早急にこの問題が健全化されなければ、もっと恐るべき事態がやってくるでしょう。現在は額の大きい大企業向けの貸出を若干押さえて、しばらく我慢してくださいと言っていますが、いつまでもそうはいきません。夏ごろからは大企業向けの貸出を増やさざるをえなくなるでしょうから、そのしわ寄せは中小零細企業に向くでしょう。しかし、中小零細企業には、金融機関に頼る以外、独自で資金を調達する能力はありません。このままではいよいよ深刻な事態が到来してしまうのです。 では、何をすべきなのでしょうか。 政府は三十兆円を金融システム安定のために使うという意思を示したわけですが、今問われているのは、その三十兆円をいかにうまく使うかということなのです。私は、この三十兆円を日本の銀行の再建--金融ルネサンス--のためにこそ使うべきだと考えています。銀行再建なくして、景気回復などあり得ないのです。 具体的に説明しましょう。 まず、もっとも重要なのは、繰り返しになりますが、銀行のディスクロージャーを徹底させることです。どこの銀行がどれほど傷んでいるかが分からなければ、対応のしようがありません。銀行の実態をきちんと把握するためには、各銀行の経営状況を徹底的に情報開示させることに尽きます。そのために、各銀行の自己査定ばかりでなく大蔵検査、日銀考査によって、不良債権を確定・分類させなければなりません。そのうえで全銀行に強制的に「引き当て(損失に備え不良債権額相当の貸倒引当金を計上させる)」を実施させ、早急に「債権償却特別勘定(将来の損失に備えた積立金)」を積ませることが必要なのです。 したがって具体的な手順としては、 ①百四十六行すべての銀行に対して、貸出債権を精査させ、不良債権を分類(第一分類~第四分類)させる。同時に、金融当局による検査を出来うるかぎり徹底し、現時点における不良債権額を確定させる。 ②分類債権に応じて、原則として次のような引き当てを行う。 第四分類(回収不能)一〇〇パーセントの引き当て 第三分類(回収に重大懸念)七五パーセントの引き当て 第二分類(回収懸念)二〇パーセントの引き当て こうした「引き当て」を強制的に行わせるのか、立法措置を伴うのかは検討する必要があるでしょう。しかし、こうした措置によって、厳格に分類されたものとして不良債権額が明らかとなり、銀行の経営状況は明確になります。 その上で、「早期是正措置」により、百四十六行の経営状況を評価し、区分していきます。海外業務を行う銀行、国内業務のみの銀行それぞれに応じた自己資本比率による分類枠を設定し、銀行を非区分行(優良行)、第一~三区分行に分類します(別表参照)。第一・二区分は経営危機に陥っている銀行、第三区分は債務超過状態ですでに破綻している銀行です。 この分類に応じて、以下の措置を発動します。まず、債務超過の銀行(第三区分)を処理しなければなりません。

海外基準適用行  国内基準適用行  区分 自己資本比率 8%以上     4%以上      非区分行 4~8%     2~4%      第1区分 0~4%     0~2%      第2区分 0以下     0以下        第3区分 しかし安易な形で銀行を潰すと、地域経済は壊滅的な打撃を受けることになります。具体的にはいくつかの方法がありますが、受皿銀行に対する営業譲渡を行う(解体処理方式)か、持株会社を活用し、分社化して不良債権を切り離し「いい銀行」の部分だけで経営を継続すること(分社化方式)が考えられます。個別銀行の経営事情に応じて、解体処理あるいは分社化による経営再建を図るべきですが、そのために「銀行の不良部分」を引き受ける「整理回収銀行第二部」あるいは国営銀行を創設し、信用不安を起こさないような慎重な処理が必要です。

銀行の破綻処理には細心の注意を払うべきです。預金者の保護も重要ですし、現に問題の銀行から金を借りて日々、資金繰りを付けている企業(借り手)に対しても十分な施策を講じなければなりません。 第二区分、第一区分は危険水域にある銀行です。これらの銀行には優先株などの買取りにより資本注入を行うべきと考えますが、そのためには厳しい条件を課さなくてはなりません。まず問題銀行に金融当局と図った上での「経営健全化計画」を策定させ、提出することを義務づけます。同時に普通株の「減資」を行い、経営責任を取らせ、代表権のある取締役は全員辞任させる。さらに「減資」に応じて人員、給与、店舗の削減(リストラ)を実施させます。 こうした大手術を行うことによって、金融業界の再編を行い、残った銀行は「優良銀行」として再生させることが可能となるはずです。重ねて言いすが、現在の景気を冷やしつづけている金融システム不安の根本は、不良債権処理が遅々として進まないことにあります。いまやるべきことは、各銀行に対して「まず不良債権処理を進めよ」ということなのです。しかしもちろん、不良債権を処理することで破綻銀行が続出してしまえば、金融恐慌を起こしかねません。そこで銀行に対しては、「第一に債権の損失を自前で処理しなさい。それでも足りない部分は、一時的に公的資金で立て替えましょう」という態度で臨まなくてはならないのです。 貸し渋りの問題にしても、こうした不良債権問題にメスが入らないかぎりは解消されないことがお分かりいただけると思います。銀行のバランスシートが不健全な状態に陥っているときに、銀行に対して「貸し渋りをやめろ」というのは、銀行に「死ね」と言うのに等しい。本気で貸し渋りをなくすには、金融システムの根本的な解決にはなりませんが、まず政府系金融機関を通して融資を実行する道を探るべきでしょう。

財政構造改革法を凍結せよ

こうした銀行再建を推し進めるためには、将来にどのような銀行が必要とされるのか、私たちはこれからの「銀行再編の青写真」を明確に描かなくてはならないはずです。これは、まず一義的には銀行自身が考えるべき問題です。強いアメリカの銀行ですら銀行自らが進んで統廃合を進めながら強力に合理化していこうとしています。弱い日本の銀行が、整理統合を自らしようという意識がないことが、私には不思議でなりません。私見では、現在ある百四十六行の銀行は、最終的には半分以下にならざるを得ないでしょう。混乱を避けつつあるべき姿を追求していくためには、日銀や都市銀行および有力な地銀等が中心となって再編のシナリオをぜひ練ってほしいと思っています。 住専問題の処理の反省もあり、私は以上のような厳格な方策を採ることこそ肝要であると、自民党総務会や宮澤委員会の場で幾たびにもわたって申し上げてきました。また、橋本総理にも進言したこともあります。一度は電話で、公的資金の導入の方法について、「申請を受け付けて審査するだけでは意味がない」と申し上げました。財政構造改革法についても、総理が経済対策を打ち出したくてもこの法律が邪魔だというなら、弾力条項をつくって法律が適用されない条件を設定しましょう。そのために早急に財政構造改革会議を開きましょうとも進言しました。 私自身の考えとしては、これまで述べてきたような方策を採用して、金融システムを健全化し、銀行再編の目処をつけるには、なお二、三年の期間が必要であると考えています。したがって、財政構造改革法は二、三年の間凍結すべきではないでしょうか。弾力条項でしのぐことは出来るかも知れませんが、むしろ現在の状況では、財革法を凍結してでもやり遂げるという強く明確な意思を示すことこそが、総理に求められているのではないでしょうか。 また三月三十一日には、加藤紘一幹事長、野中広務幹事長代理に頼んで、橋本総理にこう伝えてもらいました。 「このままでいくと、顔が見えないままに橋本内閣は終わりになる。もうラストチャンスだ。総理自らが声明を出して、どんなことでもいいから国民に訴えなさい。真っ直ぐな顔でも苦虫を噛みつぶしたような顔でもいいから、顔を見せなさい。財政構造改革路線の一時転換や、補正予算に言及することが予算成立以前では整合性がないというなら、予算案が参院を通過した直後にやるべきだ」 そして四月九日、予算案の参院通過を待って、橋本総理は総額十六兆円という経済対策を打ち出し、財政構造改革路線を緊急避難的に転換する方針を決めました。 総理に「豹変」を迫っていた私としては、大変時間がかかったとはいえ、今回の総理の決断を評価したいと思います。しかし、この決断が間に合ったのか間に合わなかったのか。間に合うかどうかは、これからどれほど強力な中身を打ち出せるかにかかっています。例えば減税にしても、国際的に見て高率な法人税、所得税の引下げという恒久的な課題がありますし、短期的に個人消費を刺激するためには大型の戻し減税(レシートを減税)が効果的でしょう。いずれにしても、公共事業や減税を実施するならば、少しでも財政構造改革が進む方向に誘導するという政策的な配慮をするべきではないでしょうか。公共事業が悪いとは言いませんが、財革路線を完全に捨て去って後戻りしてしまっては何にもならないのです。十六兆円の経済対策で今年度は何とか乗り切っても、もし景気が上向かなければ来年度はどうするのか。そもそも政府の財政状況がよいわけではないのですから、的確な処方、微妙な舵取りが要求されることになると思います。 その意味で、私がいま総理に申し上げたいことは、今進めておられる行政改革はもちろん大切だが、行革の目的の中心にあるべきは内閣機能の強化ではないか、ということです。現在でも各省庁はシンクタンク的なものをそれぞれに持っていますが、その情報を集約する機関がありません。例えば住専処理にあたっては、当初は大蔵省で担当していたのは銀行局であり、国際金融局でしかなかった。主計局は何もしなかったのです。財政構造改革にしても、これは主計局の分野であるとして、銀行局関係の話は何も入ってこなかったのです。こうした縦割りのセクト主義が、今回の金融システム不安と財政構造改革の衝突という事態を生んだ一因とも言えます。私自身、必要な情報を得られなかった反省を含めて、総理には強力な情報収集ができる強い内閣をぜひつくっていただきたいと思います

興国のために高く旗を揚げていく

もちろん、金融システム不安を解消すれば、すべてがうまくいくというわけではありません。日本が国際的な競争力を取り戻すためにはいくつもの越えなければならない難問が控えています。例えば、バブル以後目的を見失った日本人が将来の目標を得ることが出来るように、技術開発に関する長期的な国家プロジェクトを検討してはどうでしょうか。 日本人には、目的が出来ればそこに向かって邁進する美徳があります。そして得られた果実の周辺には、様々な技術が発展するでしょう。例えば、極めて軽便な蓄電池ができれば、現在のような脆い電気自動車を凌駕する無公害車が出来るかもしれない。食糧問題に対しても、バイオ技術を後押しすることによって、一粒が人間の顔ぐらい大きな米はできないのだろうか。四毛作五毛作を可能にする農業技術はできないのだろうか。そういう夢を政府が後押しすることによって、先端技術も新たな産業も創出できるのではないでしょうか。 アメリカは、十年間で約九兆円、二十年間で二十兆円という巨費をアポロ計画に投資し続けました。月面に降り立とうという夢は、宇宙産業の発達や電算システムの発展に寄与することとなり、巨費を投じながらも大きな国民的理解を得ることが出来たのではないでしょうか。例えば私たち日本人は、世界的な課題であるエネルギー問題、食糧問題の解決にそれぞれ二十年で約二十兆円、合計で四、五十兆円を注ぎ込んで、世界平和に貢献することを目指してはどうでしょうか。その原資は、研究の過程で派生する新規産業からの税収で十分に賄えることでしょう。 もうひとつ、長期的な経済政策としては、少子化の問題、人口問題を考えるべきでしょうか。この数年で、日本の人口は増加から減少に転じると見られています。過去の歴史を振り返ってみると、徳川の鎖国時代に二、三千万人のまま推移したという水平人口の時代があったものの、わが国は一貫して人口を増やし続けてきました。戦後五十年間で五千万人、一年あたり百万人が増えてきました。これは経済にとっては大変なことで、家も食べ物も年に一パーセントの需要増があったことを意味しています。それが、これからは逆に年に五十万人ずつ減少していくと見られ、それは年にマイナス〇・五パーセントの需要減が見込まれるということです。単純計算ですが、戦後五十年間の成長と比較すれば、実質でマイナス一・五パーセントのデフレ要因が発生するのです。この少子化問題に対応して、私は移民政策を視野に入れるべきだと考えています。日本が人口問題に対応して経済水準を維持していくためには、移民を受け入れて、人口減に歯止めをかけ、静止(水平)人口に落ちつけていく人口プログラムを探ることも考慮すべきではないでしょうか。 こうした施策の一方で、私は道徳律に基づいた健全な社会を目指すことにも力を入れるべきだと思います。殺人事件が頻発するような社会的不安のある国に発展は望めないのですから。 私はここに述べたような提言をこれからも繰り返し続けていくつもりです。私の提言が、しばしば政局的な動きとして捉えられ、自民党内では反執行部勢力などと言われますが、私は数を頼むつもりはありません。多数派工作は安易な妥協につながります。私はこれからも高く旗を掲げていくつもりです。暴論もあるかもしれません。しかしそれは一種のショック療法でもあり、かつての大政翼賛会のようになり、政治家の誰もが緊張感をなくしていたのでは、有効な打開策は生み出しえないと思うからです。私が高く掲げた旗をどうやって倒すか。どうやったら私に「なるほど」と言わせるか。その競争をしていくことこそが、政治に緊迫感をもたらす、と期待しているのです。 この未曽有の国難ともいえる時代、衆知のかぎりをしぼっても、なかなか効果的な対策を見いだすことはできません。しかしだからこそ、私たちは自らの信念を表明することを恐れず、意見を闘わせていこうではありませんか。そうすることこそが、興国のための最善の道であると私は信じています。

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